天に上げられたイエスが同じように

チア・シード

使徒1:6-11   


「エルサレムを離れず」「待ちなさい」(1:4)とイエスが弟子たちに言ったのは、「食事を共にしているとき」(1:4)でした。いま、「さて」と言ってから、「使徒たちは集まっていたとき」に尋ねたのですが、これに対してイエスが答えたことが、イエスが直接弟子たちに告げた、最後の言葉となりました。イエスは確かにそこにいました。
 
ではこの40日間、イエスはどこにいたのでしょうか。ヨハネ伝によると、復活した日に会えなかったトマスが、一週間後にようやくイエスに会っています。連日イエスが弟子たちと寝食を共にしていないことは明らかです。証言によると、あちらこちらで様々な弟子たちがイエスを見ています。単なる集団幻想にしてしまうこともできそうにありません。
 
弟子たちは、「イスラエルのために国を建て直してくださるのは、この時ですか」と尋ねています。復活してもなお、イエスは地上に王国を建てるメシアであるとしか認識していないことが分かります。イエスに従って生活していた彼らは、恐らくずっとそうだったのです。イエスは、国の立て直しの方にはなんとも答えず、「この時ですか」に返答します。
 
それは父が決めたことであり、人間の「知るところではない」のだそうです。ただ「聖霊が降る」ことを予告します。それにより皆「力を受ける」ことでしょう。そして「証人となる」と言うのです。証人となる、と言ってすぐ、イエスは目の前で「天に上げられ、雲に覆われて見えなくなった」ので、弟子たちは多分呆然と「天を見つめていた」のでした。
 
「白い衣を着た二人の人」がそばに来て立っており、メッセージを伝えました。ぼうっとするな。いま天に上げられたイエスは、同様にまたお出でになるんだ。なんとも幻想的な出来事を予告したものです。なにしろルカ伝しか、このことには触れていないのです。私たちもまた、この再臨を実際に見ていません。否、いつか見ることになるのです。


Takapan
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