あきらめない

2002年6月

 紀元前1000年ごろ、イスラエルは王国を確立しました。最初の王サウルは、不憫な死に方をしたため、ダビデが王位に即きました。戦術に長けたダビデは、周囲を平定し、イスラエルを落ち着いた国家に築き上げたのです。

 ダビデ自身、羊飼いの家の末っ子という出身でしたから、けっして威張った感じはしませんでした。多くの忠臣に守られて、その王位は安定したものとなっていました。

 ただ、息子に対しては、甘い父親であったようです。息子たちは、自由に生きており、その中で、たいへんな問題が起こりました。母親の違う子どもたちの間に、奇妙な恋愛感情が芽生えたのです。兄がひとりの妹を愛し、こともあろうに、策略を用いて妹を犯すのです。

 その兄アムノンは、事を済ますと、今度は妹に憎しみさえ覚え、愛したはずの妹を遠ざけました。これに、その妹の兄が怒らないはずがありません。兄アブサロムは、アムノンを殺害する計画を、二年がかりで実行しました。

 父ダビデは、アブサロムが、アムノンを殺したという知らせを受けました。しかも、アブサロムは、他の兄弟たちすべてを殺害したとの知らせです。ダビデは絶望しますが、それは誤報で、実は、殺されたのはアムノン一人でした。それは、あの忌まわしい二年前の事件のせいだということが分かりました。

 アブサロムは、逃亡しました。殺人者として、もはや王の前に姿を現すことができなくなったからです。ダビデとしては、殺された息子アムノンをなかなか忘れることができません。しかし、時の流れとともに、ダビデの心も変わってきました。

アムノンの死をあきらめた王の心は、アブサロムを求めていた。

(サムエル記下13:39,新共同訳聖書・日本聖書協会)

 つまりダビデは、息子の一人アムノンが死んだことは受け止めなければならないと自覚したために、アブサロムが自分を離れても、なんとか帰って来てくれないか、と望むようになったのです。

 事実、この後にダビデは、三年間自分のもとを離れて逃げていたアブサロムを連れ戻すように指示を出します。しかしアブサロムは、ダビデに赦されて都に戻ると、人々の心をうまくつかみ、クーデターを起こして自分が王であると宣言します。この反逆行為により、父ダビデを都から追い出し、王宮を我が物としました。ダビデは放浪の身となりました。しかし後に、アブサロムと戦うことになり、息子アブサロムが戦死したことを嘆きつつ、再び都に戻って王位を全うすることになります。

パンダ

 さて、上の聖書の箇所に、ダビデが、アムノンの死を「あきらめ」た、とあります。

 実に、聖書、つまり旧約新約全部の中で、日本語で「あきらめ(諦め)」という言葉は、ただこの一箇所にしか、使われていない――調べていてそのことが分かりました。

 ただし、新改訳聖書の訳は、日本聖書協会の諸訳と、意味の上からも大きく食い違っています。そのあたりの事情や意味についてご存知の方がいらっしゃいましたら、ぜひ教えてください。

 手近な他国語の聖書を見ると、日本聖書協会に近いものばかりでした。

 とはいえ、この「あきらめ」は日本語独特であるかもしれず、他国語では、「がっかりしていた」のような感じにも読めました。

パンダ

 そもそも「あきらめ」とは何でしょう。日本語でいうこの「あきらめ」は、なんだか日本人の心の奥底にある美学のようなものではないでしょうか。

 いたずらに何かにしがみつくのは美的でない。潔くあきらめるのが美しい。花のうちに散るのがよいのであり、醜く最後の姿を見せるのは恥である。そんなふうに、日本の古典文学や日本の歴史に残る偉人たちは伝えてきたように思えてなりません。

 仏教もまた、その「あきらめ」から始まっています。本来それは、自我によって振舞う心を捨てて、すべてが空であると悟る知恵を示す言葉だったはずですが、日本の文化の中ではそれが日本的に、「あきらめ」として美化されていったように感じられます。

 たとえば「仕方がない」「しょうがない」というせりふ。大きなものに巻かれる知恵、自分の意見を貫くことの愚かさを指摘する知恵は、ほかにも数知れずありますが、「しょうがない」という、ほとんど口癖のように日本人から出てくる言葉は、まさに「あきらめ」が日常であることを示しています。

 日本の風土には、どこを切っても「あきらめ」がにじみ出てくる。

 とすればなおさら、これだけ「あきらめ」の風土に住んでいる日本語訳聖書の訳者が、やや敢えて使用したと思われるこのサムエル記の「あきらめ」の唯一の例しか、聖書の中にはその言葉が見つからないというのは、大変なことではないでしょうか。

 ユダヤ人は、「あきらめ」という概念をもたないとしか思えません。

パンダ

 聖書を自国の文化として刻み込んで歴史を作ってきた欧米諸国、あるいはおそらくイスラム文化圏も、同じ旧約聖書を端緒としているゆえに、この事情は同じかと思いますが、そうした国々の人々は、たしかに、容易にあきらめはしないように思われます。

 2002年ワールドカップで活躍したのは、そうした諸国(韓国もまたあるデータではクリスチャンが仏教徒より多いそうです)でした。選手たちの最後まであきらめない姿勢のプレイに、見る者は感動しました。日本のチームには、負けた試合の中に、どこか「あきらめ」が流れていたように感じたのは、たかぱんだけでしょうか。他方、聖書を基盤にもつ国のチームには、「あきらめ」という文字は、まったくないように見えました。

 実際、聖書の中に「あきらめ」の文字は、なかったのです。



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